2014年5月13日火曜日

嫌われる勇気

先輩がFacebookでおすすめしているのを見て、「嫌われる勇気」を読んでみた。
「もっと深淵な学びが得られるのに、タイトルで損してる」という先輩のコメント通りの内容だった。
「嫌われることを厭わず、目標達成に必要な行動を起こさないとってことでしょ。そうだね。」とか思ってたけれど、そんなものじゃありませんでした。


■どんな内容?
アドラー心理学の考え方を対話形式で紹介する内容。"嫌われることを厭わない"という内容は、そのほんの一部。
悩める青年がアドラー心理学のスペシャリストである哲人のもとを訪れ、幸せとはなにか、どう生きるべきかなどについて対話を重ねていく。

アドラー心理学について軽くまとめると、、、
主な特徴は、下記の4点に整理されるんだそう。

・全体論:
人間を分割できない全体として把握する。理性と感情・意識と無意識などの対立を認めない。
・目的論:
行動の原因でなく目的を理解しようとする。過去のトラウマや育った環境などからの呪縛を認めない。
・認知論:
客観事実よりも、その事実に対する個人の主観的認知を重視する。(Glass half ful or half empty の話)
・対人関係論:
精神内界よりも個人とその相手役との対人関係を理解しようとする。

そして青年が問いただしたい”幸せ”は、アドラー心理学で
自分がコミュニティに所属し、そのコミュニティに貢献していると感じられること」
と定義されている。


■なぜ学びが得られるの?
いわゆる”常識”とは違う考え方が多いから新鮮だった。
同じ問題について別の見方をするきっかけになったり、試しに実践するということがしやすいと思う。
既に持っている”常識”の延長線上だと、「それ知ってるけどなかなかできない。。。」で終わっちゃいがちだから。
特に「目的論」の考え方はおもしろい。
いま起きている問題は過去の行動などの結果ではなくて、無意識に持っている目的を達成しようとして起こしちゃっているという考え方でした。


■具体的にはなにを学んだの?
考えさせられることが多かった中で、特に学びがあった点を整理しておく。

  • 今起きている問題を「目的論」で考えること
普通は原因があって結果があると考えるから、今起きている問題は過去の経験や環境の結果だと認識する。そういう考え方だと、過去に囚われてしまって今を変えられないが、大切なのは”いま、ここ”である。
問題には意識/無意識両方含めた「目的」がある。一見本人が解決したがっている問題でも、真の「目的」に沿っているから解決することができない。
<例>
「小説家になりたいけど、なかなか小説を書く時間がとれない」という問題
うわべの問題:
仕事が忙しくて時間がとれない、家でひとりになれる環境がない
目的:
「書きさえすれば受賞するはず」という可能性を残しておきたい

過去のせいにしてしまうのは苦しいけれどある意味楽だからやってしまいがち。それに向き合う手段として、目的論を持っておくのは有用だと思った。

  • 「自分の課題」と「他人の課題」を整理すること
「その選択によって最終的な結果を引き受けるのは誰なのか」という観点で課題を整理し、人の課題には踏み込まない。そして自分の課題には人を踏み込ませない。
ただ、他人の課題であっても、その人が課題に向き合えるようにサポートすることはできる。
<例>
「こどもが勉強しない」という課題
こどもの課題であって、親の課題ではない。なぜならば、勉強しないことによる結果を引き受けるのはこどもだから。
親ができるのは、こどもに「自分は勉強ができる」という自信を持たせるなどしてサポートすること。

「自分の決断に対して相手がどう思うか」ということも相手の課題。
自分はなにができるか、なにに対して責任を負うべきで、なにに対して気にしないでおくのか見分けるのは相当大事だと思った。

  • 議論を通して呑み込みにくいことに対する理解を深める方法
この本はアツい対話形式で構成されていた。青年は自分とは全く違う考え方を知って、時に反発し、時に憤りをぶつけ、徐々に理解を深めていく。
この形式がとても勉強になった。

私は新しい課題とか考え方を聞いた時、自分なりに言葉を置き換えて繰り返すことで理解が正しいことを相手に確認することをしている。
でも、あとから理解が全然違って涙目になることが多く、困っている。
この問題のヒントとして、青年の哲人に対して議論を展開するやり方や、問いただす方法が活用できそうだった。下記の内容を試していこうと思う。

・とにかく「なぜ」を問う
・反例をぶつける
・真っ向から否定し、自分の考えとの相違を説明する
・ラベル付けしてみて、違いを説明してもらう
混乱し始めたらすぐそう伝える
・「極端に言うとこういうことだけど、それだめじゃない?」と聞いてみる



  • 本からより多く学ぶ方法
読んだ本からより多くを学び活用するために、今回読み方を変えてみた。
いつもは全部読んでしまってから内容を振り返ってまとめたりしていたところを、今回は章ごとに振り返って、内容と疑問点、自分の考えを整理するようにした。これが良かった。

今までは理解したつもりになっていたが、自分のものとしてしみこむところまでいかなかった。
それは、自分の考えとの相違が整理できていなかったからだと思う。
私は頭の中でささっと整理しながら読み進められるタイプじゃない。
なので、新しい概念を一つ一つ自分の中で再構築することで、その概念が自分にとってどんな意味を持つのか分かるようになった。
また、次の章はその整理に基づいて読めるので、疑問・反論のポイントが明確になった。
さらっと読んじゃうと、「そう言われればそうかも」で終わっちゃうんだなと実感した。


■なにを実践するの?
さしあたっては、「やせる」という問題において実践してみる。
これは長いこと無駄に頭を悩ませている問題で、根本的に考え方を変えるというのはいいトライだと思った。
問題は、夜中に目が覚めていろいろ食べてしまうので太ってしまい、つられて昼間の意識も甘くなってしまっていること(昼間我慢して夜中の暴食が悪化しないようにとか、ちゃんと食べた方が寝れるかも、、、とか)。
まずは問題の捉え方を変えてみる。

今までの考え方:
やせないのは、夜中に起きてしまうから。
起きてしまう原因は分からないし解決できない。起きると抑制がきかなくてしぬほど食べてしまう。
朝走ったりして、相殺しようとがんばってはいる!

アドラー心理学での考え方:
やせないのは、現状を変える勇気がないから。
「現状を変えたくない」という目的があるから眠れないという事態が改善されない。
眠るようになると、努力が足りないことに言い訳できなくなってしまうから、自分という人間全体のプロコンで考えると、眠れなくても食べちゃうことに言い訳がきく方がいいと判断している。

実施する具体策はいろいろあるけれど、ここは特に今までと変わらない。
ただ上記の通り意識が変わるだけで、我慢できる程度が上がる気はしている。ここは実際にどう変わったか振り返りが必要。1週間後に測ろう。


■所感
「7つの習慣」と本質的に重なる部分も多くて、どんな経験をどの切り口から切っていっても、最終的にたどりつく”真理”というものがやっぱりあるんだなと思った。読んでよかった。

「7つの習慣」でも出てきた名言がやっぱり心に残ったのでメモ。神よ救いたまえ。
God grant me the serenity to accept the things I cannot change; courage to change the things I can;and wisdom to know the difference.

2014年3月1日土曜日

Bill Cunningham New York

ビル・カニンガム&ニューヨーク」を観た。
NY Times の On The Street は見たことがなかったし、もちろんビルのことは知らなかったけど、なんとなく気になっていた映画。

私はファッションに対する関心が強いわけではない。
でもこの映画に惹かれたのは、彼が何かに夢中になってる大人げない人だからだと思う。
心からうれしそうに人々のファッションを観察して写真に収める姿が、本当に魅力的だった。
観終わった時、彼のその夢中になっている姿がやっぱり素敵だなと思ったし、ファッションというものに対して考えさせられた。



映画の中でビルは、ファッションとは個性を表現するものだと語っていた。みんな個性があるのに、勇気がなくてつまんない格好をしている。だからその中でも個性を堂々と表している人を撮るんだそう。

私の考えは少し違う。ファッションは基本的にコミュニケーションの手段で、以下のようなことを見分けるのに役立つと思っている。


  • 自分と話ができそうかどうか
良くも悪くも、どういうひとなのかぱっと見で判断してしまう。
私だったらあまりにファッションコンシャスなひとには話しかけるのをためらってしまうし、シンプルでさりげなく上質な服のひととは話してみたいなと思う。
  • どういう態度でその場に臨んでいるのか
アクセサリーを着けているか、ジャケットなのかカーディガンなのか、どんなネイルをしているか、などで、そのひとの本気度みたいなものが伝わる。
そういうフィルタリング機能があることを意識して選んでいれば、エキセントリックな服ばかりじゃなくていいと思う。普通の服でも、好みによって細部にバリエーションがあれば楽しい。みんながみんな、ファッションで個性を強く表現すべきだとは思わない。
自分の存在を主張したり認めてもらうためにするのが自己表現だとしたら、どう見えるか、よりも何をどうやってやるか、で示せばよいと思うから。


ビルのような考えは、ニューヨークという土地柄ならではかもしれないと思った。
いろんな国籍、野心、アイデンティティを持ったひとたちが集まり、見知らぬひと同士が活発に交流する街だから、ぱっと見で分かるくらい強く個性を主張する文化なのかも。

そうだとしたらその文化はすごく刺激的。一度味わってみたいと思いました。

2014年2月9日日曜日

シンドラーのリスト

今さらながらシンドラーのリストを観た。
なるほど名作と言われるわけですね。長くて重いけれど、観てよかった。

シンドラーという人に、そして大げさに言うと人間がどこまで尊くなれるのかということに、かなりびっくりした。


話としては、ナチス党員のシンドラーという事業家さんが、アウシュビッツで虐殺されそうになっているユダヤ人たちを「自分の工場の労働力だ」と言い張って、1,000人以上を故郷に連れて帰って助けるというもの。
最初はそれこそ安い労働力としか見ていなかったのに、一人一人が尊い命だと気付いていく。最後には、「人を殺すものを作りたくない」とか言って、工場で作る武器もわざと規格外のものしか生産しなくなったくらい。
その行動は、極端なひとだなあと思いこそすれすごいとは思わなかったけれど・・・。

びっくりしたのは、戦争が終わって彼が工場から去るシーン。
1,000人以上の人を救い養ってきた彼は、皆から感謝の言葉と贈り物を受け取ると、「もっと多くの人を救えたのにしなかった」と泣き崩れる。
これだけ感謝されておいて、抑えきれないほど自分への責めを持っているなんて。
予想外だったし、切なくなった。

このひとは分かってやっていただろうに、とも思った。
自分の力には限界があるとは知りつつ、一部だけでも救いたいという割り切りのもとで動いていたはず。
でもその割り切りは、相当がんばって無理やり整理したものだったんだと思った。救いたい、なんとかしたいというどうしようもなく強い気持ちを、力ずくで押し込めていたんじゃないだろうか。
そんな尊い気持ちが強くわきあがってくるなんて、すごいひとって本当にすごい。


シンドラーさんとは対照的に描かれているのが、ドイツ軍の偉い人Armonさん。
冷徹で、非道で、ユダヤ人たちを殺すのを楽しんでいる。
でも全く救いようがない分かりやすい悪人ではなくて、このひともある意味戦争の犠牲者かも、と思わせるような描き方だった。切ない。

戦争という状況だから、自分に見合わない権力が与えられてしまう。
それが勘違いだと薄々気付きながらも、その力に溺れてしまう。
それはそれでかわいそうではあるけども、はた迷惑だなあと思ってしまった。



しかしシンドラーさんの使う英語はかっこよかったな。
究極にシンプルな言葉に突き詰められていて、怒る時もリズミカルだった。
ここにQuoteがいっぱいあります。


2014年1月5日日曜日

Mission Statement

毎年読み返すことに決めている『7つの習慣』、今年は年末年始を利用して通読した。

まじめに本質を考えると“真理”みたいなことは確かにある、とこの本を読むと思う。いろんなひとがいろんな「人生のコツ」的なことを言うけれど。
私には『人を動かす』とか『自分の小さな「箱」から脱出する方法』とか、読み返したいと思える本が他にもあって、言葉選びは違えどそれらは基本的に同じことを言っていると感じる。

これだけ多くの人が読んで頷くんだからみんなが分かってることではあるんだけど、その真理を言語化し、優先順位をつけ、破綻なくまとめあげようとすると、できるひとはほとんどいない。すごい価値だと思う。
鍛えればできるようになるかもしれない。でも私は偉大な先人のまとめを読んで賞賛するだけがいいかも。

ともあれ、「第2の習慣:目的を持って始める」に出てくる“Mission Statement”を作ってみた。そして、作ったからには恥ずかしげもなく公開してみる。
願わくは、折にふれて修正しながら一番大きな指針として機能させたい。
※本に出てきた例に共感しすぎてほぼ一緒になっちゃったとか、言葉選びが未熟すぎるとか、そういうのみんな気にしない。



使命:
愛をもってまわりの人の役に立つこと

姿勢:
・豊かな愛を持つ:
相手を理解しようと努め、深い思いやりを態度と行動で示す。

・物事を推進する:
まわりのためになることに対して、理想を掲げ、責任を持って物事を動かしていく。

・進歩し続ける
周囲に与えるインパクトを大きくできるよう、人格・能力を伸ばす努力を続ける。

・楽しむ
常に楽しさや喜びを見出し、ポジティブな空気を生み出す。



愛とか言いすぎて大変恥ずかしい感じですね。
“愛”って単語は強烈すぎてあまり使いたくないけれど、他にうまい表現が見当たらなくて。。。
思いやりのもとというか、心から誰かのことを思う気持ち、くらいの意味で使っています。

使命を決めるにあたり、どういう存在でありたいか、私がいることでどんな変化が起こるとうれしいかと考えた結果、私にとって必須なのは“役に立つ”ということだと再確認した。それが実感できていると居心地よく感じ、安心していられる。
じゃあどのように役に立ちたいかというと、相手の気持ちをあたためたり喜ばせたりできるといいなあと考える。
それには、相手が本当にうれしくなることをそのひとの身になって考えることが大事。考えたことを実現する力も必要。
それだけの単純なことを、言葉にしました。

かといって自分を犠牲にして尽くすとかいう悲壮感漂う感じは良くない。
ちゃんと楽しんで、まわりに気を遣わせない、どころかいっしょにハッピーになっちゃうくらいの雰囲気を作りたいものです。

これでいったん意識してみて、違和感が出たところを都度直していこうと思う。



この使命にアラインする2014年のテーマも決めた。

「責任を引き受ける」

去年の反省として、誰かの承認なしには物事を進められない、依存したマインドが良くなかったと考えている。
周囲の意見を気軽に求め、受け入れつつも、決めてやりきることをまるっと引き受けようと思います。


そういえば、去年(前期)は自分の殻を破れていないという意味で“ひよこなみこ”だったとフィードバックをいただいた。
よく考えると、ひよこだったらもう殻破れてるような。
でも響きが気に入ったので、裏テーマは“脱ひよこなみこ”にします。


2013年11月4日月曜日

The Great Gatsby

華麗なるギャツビー」を観た。
衣装とか映像が話題になっていたのでそれももちろん楽しみだったけれど、要はキャリー・マリガンが観たくて選んだと思う。


映画全体の感想としては、とにかく“Gatsbyかわいそう
でも、一番GatsbyをかわいそうにしたDaisyをわるく思う気には全くなれなかった。あのかわいさは罪だと思う。

Gatsbyの最期を見て、どんなに自由に贅沢に生きれても、本当に愛したひとがいるんなら愛し返してもらわないとだめだなあと改めて思った。
だからと言って、愛がすべてとも思わないけれど。
愛とかどうでもよくて、純粋なわくわく感なり、達成感なり、スリルなりを求めるひとも結構いると思う。そういうひとは自足していてかっこいい。
究極に求めるものはひとそれぞれだな、というのは会社で一人ひとりの性格とか強みとかを考える中で知った次第です。


Daisyはかわいすぎ。
あの愛らしさ、無邪気な笑顔、色気、なんかもううまく言えないけれど、異様な魅力だと思う。キャリー・マリガンすばらしい。

役柄としても、女性なんて選び放題の2人からしぬほど愛されていた。
でもDaisyの考え方とか純粋さとかは映画の中であまり表現されていなかったし、GatsbyのこともTomのことも愛しているわけではなかった。
一方、よくいっしょにいたクールなゴルファーの女性は、Daisy以上に美しいのにあまり愛されていないみたいだった。
・・・結局内面というより、charmingでpleasantで相手の愛を受け止めているっぽく振る舞ってればいいのかしらん。。。と、少しもやもやしてしまった。

ただ、彼女は彼女で苦しかったんじゃないかと思う。
2人からあんなに愛されて、目の前で感情をむき出しにされて、普通だったら平気でいられない。
そのあたりの葛藤も映画では思い切りカットされていたので分からなかったけれど。
彼女目線でのこの物語も観てみたい。


Daisyのかわいさと、実際にしてしまったことを見て、自分の普段の行動についても考えてみた。
普段ひとに対して感じ良くいようと気を付けていて、それはそれでいいと思う。
でもうわべだけじゃなく、関わる人のことをもう一歩深く真剣に考えて本当の思いやりを持とうと思いました。

2013年9月24日火曜日

UXをシンプルに保つために

自分たちがユーザーグロースを担当しているサービスのUX全体について、プロダクトオーナーである社長から指摘を受けた。
曰く、なにか問題があったときに説明を追加して解決しようとするのではなく、見ただけでどうすればいいのか自然に誘導されるようなシンプルなUXに寄せていくべきだ、とのこと。
その指摘に対しては完全に同意だし、説明するという安易な解決策に逃げているのは確かにいけてないなと思った。

問題は、なぜ指摘を受けるまでそれに気付かなかったか、どうやったら自力で方向転換できたかということだ。
問題だった点を少し細かく考えてみた。


■UXについての執着のなさ
Keep It Simple & Stupid みたいな、説明しなくても分かるようなUXがいい、という知識はあった。
さらに、ユーザにはどんなに説明しようとしても伝わらないという経験則もあった。
でもそれはあくまで知識でしかなく、徹底して追いかけるものだとは考えていなかった。
そこにこだわるフェーズなのか?という疑問はいまだにあるけれど、そんなこといったらいつまで経ってもUXを良くできない。
精神論ぽいけど、UXに対する執着が足りなかったということだと思う。


■課題解決のための考え方
UXの理想についての執着が足りなかったのに加えて、課題解決のための考え方にも問題があったと思う。
サービスに対するユーザの理解が足りないために問題が起きているとき、解決するには説明するしかないと考えていた。それが前提だった。
それは、「トリッキーな仕組みを提供しているのだから、説明的になるのはしょうがない」という甘えだったと思う。
どんな仕組みだろうとユーザには関係ない。
言い訳してないで、ユーザが考えないで済むかつ迷わない導線をなんとかひねり出さなければ。

説明せずにわかる導線を考えるには、もう一歩踏み込んだり、立ち止まって遠くから見て、もっといい方法がないか検討することが大事だと思う。
当たり前解決で満足してはだめだ。
これでいこうという段階にきたとき、もう一呼吸おいて、ベストを考えようと思う。



2013年9月22日日曜日

タイプ7

仕事でもやもやしていたときのこと。
エニアグラムでタイプ7の上司の考え方にはっとした。



サービスの成功について、今までは深く考えてこれなかった側面で新たな指標を作ることになり、でもうまく考えられなくて悩んでいた。
私はタイプ的にすぐ冷めた目で考えてしまうけれど、特にひとを動かす時にはそのくらいの高揚が大事なんだなあと感じた次第。


そこに通りかかった上司が、最近読んだ本からヒントを得て、「この本のこの考え方をうちでもやってみたらいいんじゃない?」という提案をしてくださった。
それだけなら「そうかも」で終わっていたけれど、そこから
「この考え方でこうやったら、きっとこんな発見があってあんな施策を引き出せて、最高に楽しそうだよ!」
とどんどん気持ちが高まって(気持ちを高めて)いった。
そういう気分のコントロールって自分ではできたことがなかったので、びっくりした。

まずは、その上司とか他のタイプ7のひとがどうやってその高揚を出しているのか、もうちょっとよく観察してみようと思う。