酔っ払ってもひとに気を遣えるということは、根っからきれいなひとなんだろうなと思う。
久しぶりに同じ部署で年が近い同僚と飲みに行った。
同僚は正体がなくなるまで酔っ払ってしまった。でも話は同じ部署の先輩の素敵なところがどんなところかという内容で、おまけに私にもそんなところを真似してほしいと言ってくれた。
心からひとの成長を願えるなんて、本当にきれいでまぶしい。
そんな姿勢を真似するためには、少なくとも自分がやるべきことを全力でやって自信を持っていないとだめだと思った。
誰に恥じることなく全力で仕事をして、周囲の仕事ぶりに対して敬意を払う。
自分のねっこはそこまできれいじゃないかもしれないけれど、努力して近付きたいと思う。
いい同僚がいて幸せです。
2012年11月4日日曜日
2012年11月1日木曜日
予想外にうれしかったこと
主体的に動いてみたら、「がんがんやってしまえ!」とコメントをいただき、やたらうれしかった。
じんわりうれしかったのは“陰ながら応援されてる”感を受けたからだと思う。
形式はプライベートメッセージだったから、自分だけがそのメッセージを読める状態だった。
その人の立ち位置とか事業部にとってのその行動の価値とかあんまり関係なく、「個人的に応援してるよ」メッセージだと受け取りました。だからうれしかった。
自分にとって一番うれしくなることのひとつは、尊敬している人に認めてもらうことだと気付いた、というお話。
それってやっぱり自分、自分、でかっこわるいな・・・。
好きな人・組織にとっての幸せを一番に考えられるひとになろう。
じんわりうれしかったのは“陰ながら応援されてる”感を受けたからだと思う。
形式はプライベートメッセージだったから、自分だけがそのメッセージを読める状態だった。
その人の立ち位置とか事業部にとってのその行動の価値とかあんまり関係なく、「個人的に応援してるよ」メッセージだと受け取りました。だからうれしかった。
自分にとって一番うれしくなることのひとつは、尊敬している人に認めてもらうことだと気付いた、というお話。
それってやっぱり自分、自分、でかっこわるいな・・・。
好きな人・組織にとっての幸せを一番に考えられるひとになろう。
心地良い惨敗
1年半くらいの間いっしょに働いてくださった方が昨日で辞められた。
この期間ずっと、社員みんなに力をくれた。
本当にありがとうございました。まずはお体を休めてください。
最後の挨拶で、
「みなさん熱意があって、やられたなという感じでした。心地良い惨敗です。」
とおっしゃった。
なんだ惨敗って。誰にもなんにも負けてないじゃないか。と思った。
確かに体調には勝てなかったかもしれないけれど、全力で仕事に情熱を傾けていた姿はみんな知っている。
30代の社員ばっかりの中、50代はお一人だけだった。
それでもものすごく腰が低く、かといって年長者として後輩に指導するという仕事もしっかり果たしていた。
誰に恥じることのない仕事ぶりで、まわりはその経験値やお人柄からたくさんのことを学んだ。
惨敗なんてしていないです。
ただ思い返してみて、市場には負けを感じられたのかもしれないと思った。
思い出したのは、一度だけ営業同行させていただいた時のことだ。営業というか、総研の方とビジネス展開についてブレストさせてもらうというたてつけだったけど。
その帰り道、
「大企業の社員はまだまだ名刺を自分の資産だと思っていて、共有に抵抗を感じている。考え方が古い人が多いことは知っていたが、思った以上に古い考え方が凝り固まっている」
ということをおっしゃっていたのが印象に残っている。
壁を切り崩す突破口を探して、ずっと体当たりし続けていらっしゃるんだなと思った。
壁はすごく厚かったけど、きっとそれができるとご自身も周囲も信じていたと思う。でも体調の問題もあり、ベンチャーのスピードの速さもあった。
私には、切り崩しのタイミングが今のスピード感の中では間に合わず、引き返すことになったように見えた。
想像するだに無念だったろうけれど、晴れ晴れとご挨拶されたその去り際も見事だったと思う。
QAチームの方なんて、感謝のあまり涙していた。
社長も泣いていた。
そういう場面を見ると、私はこの会社が本当に好きだなあと思う。
芯のところはすごくまっすぐで、感受性が強い。
ここにいられるのは幸せだ。
このスピード感で私も結果を出すことを期待されている。
というか、スピードを保ち、加速させていくことが私が会社にいる意義だと思う。
この期間ずっと、社員みんなに力をくれた。
本当にありがとうございました。まずはお体を休めてください。
最後の挨拶で、
「みなさん熱意があって、やられたなという感じでした。心地良い惨敗です。」
とおっしゃった。
なんだ惨敗って。誰にもなんにも負けてないじゃないか。と思った。
確かに体調には勝てなかったかもしれないけれど、全力で仕事に情熱を傾けていた姿はみんな知っている。
30代の社員ばっかりの中、50代はお一人だけだった。
それでもものすごく腰が低く、かといって年長者として後輩に指導するという仕事もしっかり果たしていた。
誰に恥じることのない仕事ぶりで、まわりはその経験値やお人柄からたくさんのことを学んだ。
惨敗なんてしていないです。
ただ思い返してみて、市場には負けを感じられたのかもしれないと思った。
思い出したのは、一度だけ営業同行させていただいた時のことだ。営業というか、総研の方とビジネス展開についてブレストさせてもらうというたてつけだったけど。
その帰り道、
「大企業の社員はまだまだ名刺を自分の資産だと思っていて、共有に抵抗を感じている。考え方が古い人が多いことは知っていたが、思った以上に古い考え方が凝り固まっている」
ということをおっしゃっていたのが印象に残っている。
壁を切り崩す突破口を探して、ずっと体当たりし続けていらっしゃるんだなと思った。
壁はすごく厚かったけど、きっとそれができるとご自身も周囲も信じていたと思う。でも体調の問題もあり、ベンチャーのスピードの速さもあった。
私には、切り崩しのタイミングが今のスピード感の中では間に合わず、引き返すことになったように見えた。
想像するだに無念だったろうけれど、晴れ晴れとご挨拶されたその去り際も見事だったと思う。
QAチームの方なんて、感謝のあまり涙していた。
社長も泣いていた。
そういう場面を見ると、私はこの会社が本当に好きだなあと思う。
芯のところはすごくまっすぐで、感受性が強い。
ここにいられるのは幸せだ。
このスピード感で私も結果を出すことを期待されている。
というか、スピードを保ち、加速させていくことが私が会社にいる意義だと思う。
2012年10月30日火曜日
毎日なにか書いてみる
日々の反省といいことを綴る。続けてみる。
+Mせさんがおちゃめに注意しているところを目撃。ご機嫌だ。
察するに、大変だった仕事を引き継いでもらえてほっこりしていたところに、最近心を許しつつある事業部の近くを通りかかったから、ついつい言葉が出ちゃったのかもしれない。
ちょっと おちゃめ心を表に出すだけでみんながうれしくなるって、いいポジショニングだと思う。
+Edwardに、土日に考えた目標設定を聞いてもらう。
ーDeadユーザ掘り起こし企画の打ち合わせに、いまいち身が入らず。
なんとなく違う気がするも、その違和感を言語にできない。
根拠がないから当たり前ではあるが、それで終わらせてしまってはだめだ。向こうにだって根拠はないんだから。
私の主張は以下の通りだった:
完全に死んでしまったユーザを起こすよりも、使い出しに手を入れて死なせないようにする方が効果的である。
そもそも招待で入ってきたユーザはサービスに興味を持っていないため、再度ログインしてもらった上に継続して使わせようとするなんて、効率が良くない。
なぜこの主張が理解されなかったのか?
まずは「掘り起こし施策」の認識に差があったためだと思う。
Deadユーザ関連の施策には下記の3種類がある。
1. 死なせないための使い出し支援
2. 死んだユーザの呼び戻し
3. 戻ってきたユーザに利用を継続させる仕組み
私が「掘り起こし施策」と思っていたのは2だけで、しかもリクエストメールくらいのものだという認識だった。
そこに注力するったって明らかに見返りは少ないのでは・・・と思った。
議論の途中で「掘り起こし施策」という言葉は小さくなったり広がったりして、なんとも掴めないまま話が進んでしまった。
やっぱり言葉の定義をはっきりさせることは必要だ。
次に、私と同じく施策に対して違和感を持っていた事業部長の議論が、実は私の違和感とは全く違う内容だったので、「自分の違和感は主張しなくていいや」と思い、主張しようという気がなくなってしまったためだ(理解されなくてあたりまえ。。。)。
だって事業部長の違和感の方が、大きなスケールでサービスを見ていて“立派な”違和感だと思ったから、この場で私の違和感を主張して時間をとらせてしまうのもな。と思ったのだ。議論の流れはむやみにかきまわしちゃいけない。
とはいえ、そこはなんとか急いで認識を揃えて、自分の違和感を議題にしてもらうことも自分の納得には必要だったように思う。
★今後に活かすためには
・前提を明確にした上で、自分の持つ違和感をはっきり言葉に落とす
・他の人の主張/話の流れを尊重しつつ、自分の違和感も議題にしてもらえるよう、前のめりで参加する
+Mせさんがおちゃめに注意しているところを目撃。ご機嫌だ。
察するに、大変だった仕事を引き継いでもらえてほっこりしていたところに、最近心を許しつつある事業部の近くを通りかかったから、ついつい言葉が出ちゃったのかもしれない。
ちょっと おちゃめ心を表に出すだけでみんながうれしくなるって、いいポジショニングだと思う。
+Edwardに、土日に考えた目標設定を聞いてもらう。
ーDeadユーザ掘り起こし企画の打ち合わせに、いまいち身が入らず。
なんとなく違う気がするも、その違和感を言語にできない。
根拠がないから当たり前ではあるが、それで終わらせてしまってはだめだ。向こうにだって根拠はないんだから。
私の主張は以下の通りだった:
完全に死んでしまったユーザを起こすよりも、使い出しに手を入れて死なせないようにする方が効果的である。
そもそも招待で入ってきたユーザはサービスに興味を持っていないため、再度ログインしてもらった上に継続して使わせようとするなんて、効率が良くない。
なぜこの主張が理解されなかったのか?
まずは「掘り起こし施策」の認識に差があったためだと思う。
Deadユーザ関連の施策には下記の3種類がある。
1. 死なせないための使い出し支援
2. 死んだユーザの呼び戻し
3. 戻ってきたユーザに利用を継続させる仕組み
私が「掘り起こし施策」と思っていたのは2だけで、しかもリクエストメールくらいのものだという認識だった。
そこに注力するったって明らかに見返りは少ないのでは・・・と思った。
議論の途中で「掘り起こし施策」という言葉は小さくなったり広がったりして、なんとも掴めないまま話が進んでしまった。
やっぱり言葉の定義をはっきりさせることは必要だ。
次に、私と同じく施策に対して違和感を持っていた事業部長の議論が、実は私の違和感とは全く違う内容だったので、「自分の違和感は主張しなくていいや」と思い、主張しようという気がなくなってしまったためだ(理解されなくてあたりまえ。。。)。
だって事業部長の違和感の方が、大きなスケールでサービスを見ていて“立派な”違和感だと思ったから、この場で私の違和感を主張して時間をとらせてしまうのもな。と思ったのだ。議論の流れはむやみにかきまわしちゃいけない。
とはいえ、そこはなんとか急いで認識を揃えて、自分の違和感を議題にしてもらうことも自分の納得には必要だったように思う。
★今後に活かすためには
・前提を明確にした上で、自分の持つ違和感をはっきり言葉に落とす
・他の人の主張/話の流れを尊重しつつ、自分の違和感も議題にしてもらえるよう、前のめりで参加する
2012年8月12日日曜日
一命
とにかく海老蔵が美しすぎた。
観てよかった。
武士でも、家族や愛を守るべきと考える姿勢が讃えられている。
けど本当にそうなのか?と疑問に思い、素直に感動するだけじゃ済まなかった。
家族ができる前は、海老蔵だって同じように“武士の面目”にこだわっている部分があったんじゃないのか?
家族ができても、心を鬼にして大事にしたい気持ちを押し殺しているひとがいるんじゃないのか?
筋が通らないことなんて、もともとわかってたことなんじゃないのか?
気持ちはすごく分かるけど、ずるいと思った。
もっとやりようはあっただろうに。
という感想を持ったのは、宮部みゆきさんの「孤宿の人」の影響が強いと気付いた。
寺の面目を保ったまま、ねえやを救える道を探すべきだったという和尚さんのお話。
繰り返し読んでるからか、宮部みゆきさんの影響はいろんなところに深く残ってると思う。
観てよかった。
武士でも、家族や愛を守るべきと考える姿勢が讃えられている。
けど本当にそうなのか?と疑問に思い、素直に感動するだけじゃ済まなかった。
家族ができる前は、海老蔵だって同じように“武士の面目”にこだわっている部分があったんじゃないのか?
家族ができても、心を鬼にして大事にしたい気持ちを押し殺しているひとがいるんじゃないのか?
筋が通らないことなんて、もともとわかってたことなんじゃないのか?
気持ちはすごく分かるけど、ずるいと思った。
もっとやりようはあっただろうに。
という感想を持ったのは、宮部みゆきさんの「孤宿の人」の影響が強いと気付いた。
寺の面目を保ったまま、ねえやを救える道を探すべきだったという和尚さんのお話。
繰り返し読んでるからか、宮部みゆきさんの影響はいろんなところに深く残ってると思う。
2012年1月1日日曜日
“〇〇に恥じない”という美意識
“美意識”って言葉が適切かどうかはともかく。。
昨年末の納会を終えて思ったこと。
納会は社内結婚された先輩方の結婚式形式だった。
そこでの新郎のスピーチに出てきたのが“三三に恥じない夫婦になります”という言葉。
そこですごくぐっときて泣いた。
それは今の自分が三三に対して恥じるべき状態だと感じていたから。
特にその日の全社会議で他の部署の発表を聞いて、自分の部署が一番進歩していないと思った。
進めるべきは私だった。
他の部署と比較するまでもなく、自分がやっていることに情熱を持てていなくて、なかなか仕事が進まないし、目指しているゴールが小さすぎることに対して情けなく思っていた。
だから共感して、身につまされて泣いた。
“〇〇に恥じない”っていう考え方はださいからいやだと思っていたけど、実感してみたらそうでもないと思えた。
結構嫌いな言葉でも、経験によって受け入れられるようになるものだな、とちょっと驚いた。
世間に恥じないとか、下の世代に恥じないとかはかっこわるいと今も思います。
そんな顔の見えない何かに対して自分を評価するなんて、基準がよくわからないし闇雲な感じがする。
今回感じたのは会社のメンバーに対しての気持ちだから、“恥じない”ということを受け入れられたと思う。あの人がこんなに情熱的に行動して成果を出しているのに、と思うと、自分ももっとやるべきだと思えた。
そんな気持ちにさせてくれるメンバーがいることを誇りに思い、そんなメンバーが誇りに思ってくれるような自分になろうと思います。
私に与えられた“マーケティング”という役割は、その人は私に任せるしかない。
だから“村井がマーケティングやってくれていてよかった”と思ってもらいたい。
昨年末の納会を終えて思ったこと。
納会は社内結婚された先輩方の結婚式形式だった。
そこでの新郎のスピーチに出てきたのが“三三に恥じない夫婦になります”という言葉。
そこですごくぐっときて泣いた。
それは今の自分が三三に対して恥じるべき状態だと感じていたから。
特にその日の全社会議で他の部署の発表を聞いて、自分の部署が一番進歩していないと思った。
進めるべきは私だった。
他の部署と比較するまでもなく、自分がやっていることに情熱を持てていなくて、なかなか仕事が進まないし、目指しているゴールが小さすぎることに対して情けなく思っていた。
だから共感して、身につまされて泣いた。
“〇〇に恥じない”っていう考え方はださいからいやだと思っていたけど、実感してみたらそうでもないと思えた。
結構嫌いな言葉でも、経験によって受け入れられるようになるものだな、とちょっと驚いた。
世間に恥じないとか、下の世代に恥じないとかはかっこわるいと今も思います。
そんな顔の見えない何かに対して自分を評価するなんて、基準がよくわからないし闇雲な感じがする。
今回感じたのは会社のメンバーに対しての気持ちだから、“恥じない”ということを受け入れられたと思う。あの人がこんなに情熱的に行動して成果を出しているのに、と思うと、自分ももっとやるべきだと思えた。
そんな気持ちにさせてくれるメンバーがいることを誇りに思い、そんなメンバーが誇りに思ってくれるような自分になろうと思います。
私に与えられた“マーケティング”という役割は、その人は私に任せるしかない。
だから“村井がマーケティングやってくれていてよかった”と思ってもらいたい。
2011年12月11日日曜日
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