2013年1月3日木曜日

新春浅草歌舞伎

抽選に当たって観てきました、新春浅草歌舞伎
歌舞伎は何度か観たことがあるけど、海老蔵さんの演技ははじめてで相当楽しみにしていた。

演目は下記の3つ。
勧進帳での海老蔵さん(弁慶)の姿に心底感動してしまった。

・毛谷村(彦山権現誓助太刀)
・口上
・勧進帳(歌舞伎十八番の内)


■ 口上
新年のご挨拶、ということで、勧進帳にまつわる思い出や意気込みなどを話された後、市川家にのみ伝わる“にらみ”を披露された。


・話しぶり
古風な言葉遣いだけど今の話し言葉とあまり変わらない話しぶりが基本で、要所要所で歌舞伎調の言い回しに変わる。なんともいえないバランス。
(「私がこの舞台に立つのは14年ぶりでございまする。それでは“ご覧にいれまーしょーうーー!”」みたいな。)

このくらいの話しぶりを聞くのは初めてで、江戸末期の手代さんなどはきっとこんな感じだったんだろうなと初めて得心した。
落語はもっとべらんめえ口調で作られた感じを受けていたけれど、歌舞伎の口上はもっと自然だったので。


・イエの重さ
本当に家を重視する世界だと思った。
過去の新春歌舞伎を振り返るとき、“〇〇おじさんが演じたあの役”とか、“先代である父に教えを乞う”とか、家の中の話が多く、ほぼ身内だけで受け継がれていく伝統なんだと改めて感じさせられた。


・にらみ
よく見る歌舞伎役者さんの浮世絵は顔のパーツを強調して描いたものだと思っていたけど違った。あれは写実だったんですね。
人間ってあんな顔するんだ、あの路線を突き詰めようとがんばってきたんだ、と思うとすごい。

ああやって自信と誇りを持ってやりきられると心底すごいと思えるけれど、やる方がちょっとでも疑ったら成立しないと思う。
長い歌舞伎の歴史の中、 「こういう顔芸ってどうなんだろう・・・」と人知れず悩んだ役者さんもいるんじゃないかしらん、と余計なことを考えてしまった。



■勧進帳
弁慶役の海老蔵さんの気迫が凄まじかった。
楽器みたいに低く低く響く声、きれっきれな舞、呵々大笑する堂々たる大声、などなど、風格がすばらしい。
歌舞伎界を背負って立つという覚悟が据わっている。

特にこの演目は楽器の奏者さん方も舞台上にずらりと並んでいて、みなさんの努力・生活も海老蔵さんの肩にかかっているように見えた。
彼は歌舞伎以外の仕事をするとき、その現場で見たことをどうやって歌舞伎に還元しようかと必死で考えていると聞いたことがある。
腹をくくって自分のミッションに真摯に向き合うというのは、こんなにもかっこいいのかと感動した。
見習おう。


最後に、本当に感動したわりに途中で結構寝てしまったことを懺悔します。
他の人のじゃまになってなかったらいいのだけれど。。。申し訳ありませんでした。




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